女性の身体と更年期

卵巣から分泌される女性ホルモンは、その神秘的なさまざまな作用で女性の若さ、美しさと健康を作り出しています。ところが、50歳前後になると卵巣の機能は廃絶し、女性ホルモンの分泌もなされなくなります。
女性ホルモンの分泌がなくなると、更年期障害をはじめ、高脂血症、骨粗鬆症などが引き起こされ、女性の体にさまざまな機能失調が生じてきます。
これが更年期症候群と呼ばれるものです。そして、これらの機能失調を総合的に管理し、健康を維持するように考え出された医学が更年期医学なのです。
ではなぜこのような事が起こるのでしょうか。これを理解するために、生命の根源をつかさどる女性ホルモンの不思議について解説しましょう。

->女性ホルモンって何だろう? ->更年期になったらどうなるのか?
->更年期以後の健康管理ポイントは? ->更年期における西洋医学と東洋医学の融合

女性ホルモンって何だろう?

女性ホルモンって何だろう?

普遍的な課題は種の保存であり、種の繁栄です。『種の保存・繁栄』をつかさどる重要なホルモンのひとつが女性ホルモンなのです。
思春期になると脳の成熟とともに、脳の視床下部という場所からGn-RHと呼ばれるホルモンが分泌され、脳下垂体を刺激しはじめます。この刺激を受けて脳下垂体はゴナドトロピンという、卵巣を刺激するホルモンの分泌を開始して卵巣を刺激します。ゴナドトロピンにはLHとFSHの二種類のホルモンがあります。このLHとFSHで刺激を受けた卵巣は、排卵を開始するとともに女性ホルモンの分泌を始めます。これが月経の発来です。女性ホルモンにはエストロゲンとプロゲステロンの二種類があります。この二種類の女性ホルモンが周期的に分泌されることにより、正常な月経と排卵の周期が形成されるのです。排卵後受精が成立すると、受精卵は子宮内膜に着床します。月経とは子宮内膜の周期的な剥離ですが、女性ホルモンはこの月に一度の赤ちゃん(受精卵)のベビーベッド入り(着床)のチャンスを期待して、月に一度ベッド(子宮)のシーツ交換(月経)をして準備しているのです。
女性ホルモンの働きはこればかりではありません。女性ホルモンが全身に作用し始めると、乳腺に働いて発育を促して女性特有の乳房を作り、女性型の皮下脂肪を蓄え、黒髪を伸ばし、肌をみずみずしくします。女性特有の魅力的な体にするわけです。これはとりもなおさず受精のチャンスを高めることになります。そして順調に受精したら、女性は妊娠、出産、子育てという大仕事をしなければなりません。そのため、女性ホルモンは、免疫力を高め、動脈硬化を防ぎ、骨を丈夫にしてその大仕事に耐える健康な体を女性に与えているのです。性成熟期の女性が健康なのはこのためなのです。

更年期になったらどうなるのか?

更年期になったらどうなるのか?

女性ホルモンが、さまざまな作用によって種の保存・繁栄に寄与していることをお話ししました。ここで大変重要なことがあります。それは種の保存・繁栄は決して個体の寿命の延長を意味しないことです。
個体の寿命の延長は、時として種の保存・繁栄に邪魔になります。スムーズな世代交代がなされて初めて種の繁栄が実現するのです。つまり、生物は一般に子孫を作ると寿命が尽きるように仕組まれているのです。
鮭は、その一生の最後に川をさかのぼり産卵をして寿命が尽きます。長い苦難の旅の末の産卵ですので、鮭の脳内にはエンドルフィンが大量に出て至福のうちに寿命が尽きることが容易に想像されます。
カマキリは、交尾中にメスがオスを食べてしまいます。交尾が終わって、用がなくなったオスがしばらく生きて、どこかで朽ち果てるより、子孫を育てるための栄養となったほうが、種の保存・繁栄に有効だからです。カマキリのオスにとって子孫を作ることイコール寿命が尽きることです。自然界では、このような種の保存・繁栄のための工夫がたくさんなされています。
ヒトもこのような『種の保存・繁栄の原則』の例外ではありません。すなわち、ヒトの卵巣にはある仕掛けがなされています。その役割がほぼ50年で尽きるようにプログラミングされているのです。ちょうど子育てが終わり、生殖能力がなくなり、世代交代の時期です。50歳前後になると、プログラミングどおり、卵巣は排卵をやめるとともに、女性ホルモンの卵巣からの分泌を停止してしまいます。もし個体の寿命の延長を考えるならば、排卵は停止しても、女性の体を健康に保つさまざまな作用を持つ女性ホルモンの分泌を停止する必然性はありません。しかし、卵巣は排卵を停止すると同時に、もはや必要なしといわんばかりに、女性ホルモンの分泌を停止して、その個体の健康管理を放棄してしまいます。
閉経後さまざまな病気が次々と女性を襲ってくるのはこのためなのです。ヒトの寿命は長い間50歳程度かそれ以下でした。この寿命は『種の保存・繁栄の原則』から見てかなりリーズナブルのものです。しかし私たち人間は個体の寿命の延長を目指して医学を発達させ、とうとう80歳以上の平均寿命を達成させてしまいました。自然が想定していた寿命を30年も延ばしたのです。さまざまな歪みが生じて当然です。更年期に起こる更年期障害はその後に起こるさまざまな病気のまさにプロローグと言えます。

更年期以後の健康管理ポイントは?

更年期以後の健康管理ポイントは?

生物学的にはヒトの寿命は50歳前後がリーズナブルと申しましたが、私たちは知恵を働かせ、寿命を80歳に延ばしました。私たち個人は種の保存・繁栄だけで生きているわけではありません。この閉経後の30年は種の保存・繁栄といった大仕事を終わらせた後の、安らぎと幸福の時間にしたいものです。そのためには、『健康に老いる、美しく老いる』ということを考えていかなければなりません。
さて、この閉経後の30年を安らぎと幸福の時間にするには、どうしたら良いでしょうか。そのポイントは、生活の質(QOL)が損なわれないようにすることです。では、生活の質は何が原因で損なわれるでしょうか。寝たきり老人になる原因は、脳血管障害と骨折です。そして、これらを引き起こす主な要因が、動脈硬化と骨粗鬆症ということになります。QOL低下の最たるもの、寝たきり老人にならないためには、この動脈硬化と骨粗鬆症を予防することが何よりも大切になります。
そしてこの動脈硬化と骨粗鬆症を招く要因である高脂血症と骨量減少は、更年期障害が起こる更年期の女性ホルモンの減少に、その源をさかのぼることができます。更年期はまさに健康の曲がり角です。この時期に更年期障害を克服し、骨量減少や高脂血症を管理すれば、その後のQOLを保ち、『健康で美しく老いる』ことができます。そのお手伝いをするのが更年期医学なのです。

更年期における西洋医学と東洋医学の融合

更年期における西洋医学と東洋医学の融合

更年期に起こるさまざまな疾患は、女性ホルモンの減少とともに起こってきます。
そのため、減少する女性ホルモンを補い、これらの疾患を防止しようという試み、すなわち女性ホルモン補充療法(HRT)は理にかなった本質的治療法といえます。しかし、最近の疫学調査により、必ずしもメリットばかりでないことがわかってきました。すなわち、HRTを長期に行うと乳がん、脳梗塞、心筋梗塞の発症が増えることがはっきりしてきたからです。
この理由のひとつに、飲み薬として投与した女性ホルモンが肝臓でかなりの部分分解されるため、その働きを得るため大量の女性ホルモンが必要だったことに、大きな理由があると考えられています。しかし、性成熟期の女性が、女性ホルモンによって健康を維持していることは、紛れもない事実です。その女性ホルモンの働きを、従来のHRTが引き出せなかったことが大きな原因なのです。当院では、飲み薬に替わり、パッチ剤を用いて投与量を適正化するなど、その働きを引き出すよう工夫しています。
HRTは使い方を誤らなければ、よい治療法で更年期医療における西洋医学の柱であることには、間違いありません。
更年期のさまざまな病態は、東洋医学的には、『気血水』の異常による生体バランスの失調と考えられ、さまざまな漢方療法が発達してきました。事実、漢方には医学的にも血液循環の改善作用が証明されるなど、その働きメカニズムが解明されてきています。ただし、漢方療法は、患者さんそれぞれの証を決定して、個別に適した方剤を選ばなくては働きが半減してしまいます。
そのためには、東洋医学を実践するに当たって、医師の漢方療法に対する知識と経験が必要となります。漢方は副作用が少なく、証が合うと働きを発揮します。東洋医学は、更年期医療に欠かせない治療法として当院の治療の根幹をなしています。更年期医療は、西洋医学と東洋医学の融合による治療が特に必要で、有効な分野です。HRTの副作用を漢方で相殺し、両者のメリットを活かすことができます。どちらにも偏らないバランスのとれた医療が当院のコンセプトとなっています。

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